長野市民病院がユニリタの生成AIサービス「SecuAiGent」を電子カルテと連携し、職員111名の実証で年間5,472時間(常勤職員約3名分)の業務効率化を達成した、という事例です。
「大病院の話だから自分のクリニックには関係ない」と思った方、公開された内容を読むと、現場で実際に使われている50種類以上のAIアシスタントの組み立て方が、中小規模の医療機関でも参考になります。
僕が注目したのは、削減時間そのものではなく「電子カルテと直接連携している」という設計判断です。 医療文書作成のAI活用は「カルテ情報を取り出してAIに渡す」工程で詰まりがちなので、ここを正面から解いている点に意味があります。
医療現場の事務負担という課題
医療機関の現場では、こんな構造的な事務負担が積み上がっています。
- 紹介状・退院サマリの作成に時間がかかる
- 診療記録・カンファ議事の文字起こしが手作業
- カルテ情報を要約する作業を医師・看護師が個別にこなしている
- 「文書作成」は患者ケアの直接業務ではないのに、専門職の時間を奪う
このタイプの業務は、減らしたところで売上は直接増えませんが、減らさないと専門職の本来業務が圧迫される領域です。 医師の時間外労働規制が強化されている今、事務工数の削減は「やるかやらないか」ではなく「いつやるか」の話になっています。
SecuAiGentと電子カルテ連携の構成
公開情報(PR TIMES、2026年3月9日プレスリリース)の範囲では、以下の構成です。
- 対象: 地方独立行政法人 長野市民病院
- 基盤: ユニリタの「SecuAiGent」(セキュア生成AI)+「Waha! Transformer」(データ活用基盤)
- 連携: 電子カルテと直接連携、リアルタイム・高速の利用環境
- 構築開始: 2023年6月、プライベートクラウド上に生成AIエンジンを構築
- アシスタント数: 院内向けに50種類以上のAIアシスタントを構築
- 適用業務: 紹介状作成、退院サマリ、音声文字起こし、カルテ要約 など
ポイントは「プライベートクラウド」かつ「電子カルテ直結」のところです。 医療データの機密性を考えると、汎用クラウドAIをそのまま現場に流すのは難しい。 基盤側でセキュアなレイヤーを噛ませた上で、業務単位の小さなアシスタントを50種類組み立てている、という設計です。
年間5,472時間削減の内訳と実態
プレスリリースで報告された主要な数値は以下です。
- 年間削減時間: 5,472時間
- 月平均: 約456時間
- 換算: 常勤職員 約3名分の業務量
- 対象規模: 職員111名の実証
注意点として、これは「文書作成・情報収集・要約」を中心とした特定業務の削減量であり、診療業務そのものを置き換えた話ではありません。
公開情報の範囲では、入院患者数や時間外労働の動きまで一次ソースで踏み込んだ数値は確認できなかったため、ここでは断定しません。 それでも「常勤3名分」という規模感は、医療機関の現場感覚で見てかなり大きい削減幅です。
中小医療機関で再現するなら
ここからが本題です。クリニック・中小病院(医師数10〜30名規模)で同じ思想を取り入れるならどう削るか。
構成
| 項目 | 長野市民病院 | 中小医療機関(医師10〜30名) |
|---|---|---|
| 対象 | 職員111名・50種類以上のアシスタント | まずは紹介状・サマリの2業務に絞る |
| 基盤 | SecuAiGent + Waha! Transformer + 電子カルテ連携 | セキュア対応のクラウド型生成AIサービス + 既存電子カルテのCSV/PDF出力 |
| 月額費用 | (非公開) | 推定 月3〜10万円(医療機関向けセキュア生成AIサービス、2026年4月時点。実価格はベンダー個別見積もり) |
| 初期費用 | (非公開・院内構築) | 推定 100〜300万円(プロンプトテンプレ整備+院内ルール策定+スタッフ研修) |
| 体制 | 院内IT部門+ベンダー | 事務長+ベンダー支援+外部AI活用支援 月10時間 |
| 期間 | 2023年6月構築〜継続運用 | 3〜6ヶ月でPoC→限定運用 |
評価軸スコア
| 評価軸 | スコア |
|---|---|
| ROI(投資対効果) | ★★★☆☆ |
| 再現性(中小企業) | ★★☆☆☆ |
| 難易度(低いほど簡単) | ★★★★☆ |
(難易度=数字小さいほど簡単)
スコア根拠は以下です。
- ROIは中程度。事務工数削減は売上に直結しにくいが、医師の本来業務時間確保という形で効く
- 再現性は低め。電子カルテとの連携は機種依存が強く、ベンダー協力が前提になる
- 難易度は高め。医療データの機密性・院内承認フロー・電子カルテ仕様の三重ハードル
前提条件・必要データ
- 電子カルテが導入済みで、CSV/PDF等の構造化エクスポートに対応している
- 院内で機密データの取り扱いルール(オンプレ/プライベートクラウド要件)が策定可能
- 紹介状・退院サマリの作成件数が月50件以上(少なすぎると自動化のROIが見えない)
- 医師・看護師に「AI出力は下書き、最終判断は人間」という前提が共有できる
失敗条件・適用しないケース
- 電子カルテが古く、API連携も構造化エクスポートも難しい
- 機密データのクラウド送信が院内ルールで一律禁止されており、緩和の余地もない
- 「AIに書かせて、医師は確認だけ」を期待して、最終確認工程を省こうとする
- 文書作成の件数が少なく、月数件しか発生しない(投資対効果が出ない)
「生成AIを入れれば医療文書作成がゼロになる」わけではありません。
電子カルテのデータ取り出し→セキュア基盤の整備→業務単位のアシスタント設計→医師・看護師による最終確認、の4ステップを踏んで初めて、現場で安全に使える運用になります。
特に「アシスタントを50種類に分ける」という発想は、汎用ChatGPTを1個入れるのではなく、業務単位で小さく作るほうが現場で機能するという実践的な学びです。 中小医療機関で真似するなら、まず2〜3業務に絞って小さく始めるのが現実的だと思います。
出典・参考
市野
愛知県岡崎市でAI活用支援を手がける一人社長。 中小企業の現場でAIを実装してきた経験から、他社事例を「うちで再現するには」の視点で読み解いて発信中。
